2026年7月1日、NPO法人ジェンダーイコールでは、公開勉強会「嫁とは?主人とは?奥さんとは??語源大研究」を開催しました。
今回のテーマは、配偶者の呼び方。
「嫁」「主人」「奥さん」「夫」「妻」「パートナー」など、私たちが日常の中で何気なく使っている言葉には、どんな歴史や意味がくっついているのでしょうか。
勉強会では、NPO法人ジェンダーイコール副代表理事の加藤じゅういちが進行を担当し、言葉の語源や歴史的背景を共有したうえで、参加者のみなさんと意見交換を行いました。
きっかけは、「奥さん」という言葉への違和感
今回のテーマの出発点は、進行役である加藤自身が、ずっと抱えていた違和感でした。
加藤は、武蔵野美術大学で学生時代を過ごし、その後、リクルートで21年半働いてきました。大学でも、リクルートでも、男女の隔たりを強く感じる機会はあまりなく、比較的フラットな環境にいたといいます。
しかし、独立後、さまざまな企業と関わる中で、まだまだ日本社会には、性別による役割意識や無意識の前提が根強く残っていることを感じるようになりました。
その違和感のひとつが、「奥さん」という呼び方です。
リクルート時代、同期の男性と飲みながら話していたときのこと。
「お前のところの奥さんはどうよ」と言われた加藤は、とっさにこう返したそうです。
「うちには奥には誰もいないよ。夫婦共々、手前どもだよ」
すると相手からは、「お前、めんどくさいやつだな」と言われたとのこと。
その場では笑い話のように流れていったかもしれません。けれど、その一言は、長く心に残りました。
なぜ「奥さん」という言葉に違和感を覚えたのか。
なぜその違和感は、なかなか周囲に伝わりにくいのか。
今回の勉強会は、そんな問いから始まりました。
「嫁」「婿」は、夫婦本人の言葉ではなかった
勉強会では、まず「嫁・婿」「主人・奥さん」「夫・妻」のうち、語源として歴史的に古いのはどれか、というクイズから始めました。
調べていくと、単純に「どの言葉が古いか」だけでは整理しきれないことがわかります。
なぜなら、語そのものが古くからあることと、現在の意味で使われ始めた時期は違うからです。
たとえば「嫁」という言葉。
現在では、男性が自分の配偶者を「うちの嫁」と呼ぶことがあります。けれど、もともとの意味をたどると、「嫁」は夫から見た自分の妻ではなく、親から見た「息子の妻」を指す親族関係の言葉だったとされています。
「婿」も同じく、親から見た「娘の夫」を指す言葉です。
つまり、「嫁」や「婿」は、夫婦本人の横並びの関係を表す言葉というよりも、家と家、親族関係の中で使われてきた呼び方なのです。
「嫁に行く」「嫁をもらう」という表現にも、女性が他家に入る、迎え入れられる、という歴史的な感覚が残っています。
言葉の中には、家制度や親族関係の見方が、今も静かに残っているのかもしれません。
「主人」は、もともと“夫”の意味ではなかった
次に扱ったのが、「主人」という言葉です。
「主人」は、言葉そのものとしては古くからあります。
しかし、もともとは「夫」を意味する言葉ではありませんでした。
家の持ち主、あるじ。
人を使う側、雇い主。
客をもてなす立場にいる人。
こうした意味を持っていた言葉が、やがて「妻が他人に対して自分の夫を指して言う言葉」として使われるようになっていきました。
ここには、明治期の家制度や、昭和の高度経済成長期に広がった「夫が外で働き、妻が家庭を守る」という性別役割分業の影響も見えてきます。
夫婦が対等な関係であるはずの現代において、片方を「主人」と呼ぶことに違和感を覚える人がいるのは、その言葉に「あるじ」「支配する側」「家の長」といった歴史的な意味合いが重なって見えるからかもしれません。
「奥さん」は、なぜ“奥”なのか
今回の中心的な言葉でもあった「奥さん」。
この言葉も、もともとは住居の物理的な位置に由来するとされています。
屋敷には「表」と「奥」がありました。
「表」は、公的な場。
「奥」は、私的な居住空間。
江戸時代の武家屋敷などでは、主人が公務を行う「表」に対して、夫人や奥女中が生活する空間を「奥」と呼びました。そこから、その奥にいる高い身分の妻を「奥方」「奥様」と呼ぶ用法が広がっていきます。
もともとは、他人の妻に対する敬称でした。
しかも、かなり丁寧な言葉でもありました。
けれど、現代の感覚で見ると、「奥」という言葉には、女性が家の奥にいる、表には出ない、という古い役割意識も重なって見えます。
丁寧に言っているつもりの「奥さん」が、相手によっては違和感につながることがある。
その理由は、このあたりにあるのかもしれません。
「夫」「妻」は、比較的フラットな言葉
一方で、「夫」「妻」は、現在の公的文書などでも使われる、比較的フラットな呼び方です。
「主人」「家内」「嫁」「婿」と比べると、上下関係や家制度のニュアンスは少ないと言えます。
特に「妻」という言葉は、古くは男女を問わず、配偶者や恋人を指す言葉として使われていたとされます。現在は女性配偶者を指す言葉として定着していますが、もともとは今よりも広い意味を持っていたようです。
ただし、実際の会話では「夫」「妻」は少し硬く感じることもあります。
自分の配偶者については「夫」「妻」と言えても、他人の配偶者をどう呼ぶかとなると、急に難しくなります。
意見交換で見えてきた「呼び方の難しさ」
後半の意見交換では、参加者からさまざまな声が出ました。
「自分の配偶者のことは“夫”と言えるけれど、相手の配偶者をどう呼ぶかが難しい」
「子どもがいるとわかっていれば“パパさん”“ママさん”と言えることもあるが、そうでない場合にちょうどよい言葉がない」
「不動産営業などの場面では、“ご主人”“奥様”と言わざるを得ないのではないか」
「“家内”と呼ばれるのは特に嫌だ」
こうした声から見えてきたのは、単に「どの言葉が正しいか」という問題ではありません。
相手に失礼のないように、丁寧に呼ぼうとすると、結局「ご主人」「奥様」という古い言葉に戻ってしまう。
しかし、その言葉には、主従関係や性別役割の歴史が重なっている。
このジレンマです。
また、「パートナー」という言葉についても意見が出ました。
近年は「パートナー」という呼び方も広がりつつあります。けれど、この言葉は、婚姻関係にある配偶者だけでなく、事実婚の相手、同性パートナー、仕事上の共同相手など、幅広い意味で使われます。
そのため、便利である一方で、文脈によっては「誰を指しているのか」がわかりにくいという難しさもあります。
さらに、同性パートナーの文脈では、あえて「夫」「妻」という言葉を使う場合もある、という意見もありました。
言葉は、単なるラベルではありません。
自分たちの関係性をどう表したいか、社会にどう伝えたいかにも関わっています。
企業や日常の現場にも残る、無意識の前提
勉強会では、企業現場での呼び方や性別役割についても話題になりました。
加藤自身、リクルートでは男女格差をあまり感じていなかった一方で、その環境の中でも「奥さん」という言葉への違和感は伝わりにくかったと話しました。
その後、外資系ディーラーで働いた際には、上司も部下も「さん付け」で呼び合う文化に触れ、呼び方ひとつで組織のフラットさが変わることも感じたといいます。
一方、独立後にさまざまな中小企業と関わる中では、たとえば営業職の応募者について「女性なんですよ」と残念そうに言われたり、「こういう仕事は女性に」といった発言に出会ったりすることもありました。
本人に悪気があるとは限りません。
でも、その言葉の中には、「営業は男性」「事務は女性」「家庭は女性」といった、長く続いてきた前提が入り込んでいることがあります。
配偶者の呼び方の問題も、これとつながっています。
何気ない言葉には、その人や組織が当たり前だと思っている価値観が、ふと表れるのです。
答えはまだない。だからこそ、考え続けたい
今回の勉強会では、最後にこんな問いを共有しました。
自分の配偶者を、人前でどう呼ぶか。
他人の配偶者について、丁寧に呼ぶにはどうすればいいのか。
相手に敬意を表しつつ、ジェンダー平等にも配慮した「不快感を与えない言葉」は、日本語にはまだ十分に存在していないのかもしれません。
もちろん、「この言葉は絶対に使ってはいけない」と決めつけることが目的ではありません。
長く使われてきた言葉には、その時代の家族観や社会の仕組みが反映されています。
だからこそ、今の感覚とズレが生まれることがあります。
大切なのは、何気なく使っている言葉の背景を知ること。
そして、相手との関係性や場面に応じて、できるだけ敬意のある言葉を選ぼうとすること。
もしかすると、これから新しい呼び方が自然に広がっていくかもしれません。
あるいは、「夫さん」「妻さん」「パートナーの方」など、少しずつ試行錯誤しながら、日常の中で言葉が変わっていくのかもしれません。
言葉は、社会を映す鏡です。
そして同時に、社会を少しずつ変えていく道具でもあります。 「奥さん」という一言に感じた小さな違和感から、家族、歴史、働き方、ジェンダー平等までを考える時間になりました。
































