アンペイドワークを考…

こんにちは!篠原くるみです。

「アンペイドワーク(家事・育児などの無償労働)の分担」と「女性の経済・社会的エンパワーメント」の関係、そして、それらを取り巻く社会構造について考える、シリーズ全3回中の3回目です。

#1では、「男女の収入格差」に注目し、ジェンダーギャップの背景には「(家事や育児などの)アンペイドワークは女性がするもの」という前提が置かれていること、そして、それに付随する「女性は賃金労働を(そこまで)しなくてよい」という「期待値下げ」があることをお伝えしました。

#2では、性別役割分担が形を変えつつも受け継がれ続けている現在の社会構造について説明し、そこから抜け出すことは個人の努力では難しいことを説明しました。そして、それを踏まえた上で、性別役割分担のアンフェアさを直視し、女性を社会から排除することにつながる「期待値下げ」をなくす必要があること、そしてそれは誰にとっても無関係ではないということをお伝えしました。

今回は、わたし自身のアンペイドワークの分担についてご紹介し、どんな人でもジェンダーギャップの解消に向けたアクションを取ることができるというお話しをしたいと思います。

前回までの投稿はコチラ↓
アンペイドワークを考える#1 – 世界156カ国中120位!ジェンダーギャップを埋めるためのキーポイントは「女性への期待値下げ」
アンペイドワークを考える#2 – 性別役割分担から抜け出すのは超ハードモード!それでも「女性への期待値下げ」がどんな人にも無関係ではない理由

わたしにとっての家事分担とは、時間をフェアに分けること

2021年7月現在、わたしは配偶者(夫)、娘3人(小5・小1・保育園年中)との5人暮らしをしています。
夫とはアンペイドワークを 50/50 で分け合っています。コロナウイルスによる昨年の休校・自粛生活をきっかけに、土日も含め日毎にかっちりシフトを決める完全折半制になりました。
共有カレンダーアプリに希望日を入れて、2週間単位で7日ずつ担当します。「予定を入れたいので火曜と木曜代わってもらえませんか?」のような感じなので、「バイトのシフト」という表現がしっくりきています(無給)。
うちの場合は、「気づいた人がやる」「できる人ができる時に」といった抽象度の高いシステムでは何度も紛争になり(だいたいどちらも自分ばかりやっていると思っている)、約10年の紆余曲折を経てようやくこの形に落ち着きました。
ポイントは、家事をタスク別に分担するのではなく、時間をフェアに分けるという概念に辿りついたことだったのかなと思います。

みなさんの毎日は、AとBどちらで回っていますか?

A 24時間365日 − 仕事 = フリータイム(アンペイドワーク含む)
B 24時間365日 − アンペイドワーク = フリータイム(仕事含む)

学生さんや一人暮らしの方、お子さんがいない方は、Aという方が多いのではないでしょうか?
お子さんがいる家庭では、出産後にママがBに移行し、パパがAのままというパターンが多いのかなと思います。
まさしくうちの場合も、2人目の保育園入園(6年前)まで「朝〜保育園送り:夫、お迎え〜夜:妻」というよくある分担をしていて、わたしがB、夫はAでした。
その当時、夫はよく「家事も育児もやれるときにできるだけやっている」という主張をしていて、わたしにはどうしてもこれが納得できず…
(具体的には、育児関連のタスクの優先度が仕事より低いため、「やれるとき」「できるだけ」の範疇に収まらないとき、例えば「明日の朝会議が入ったから保育園の送りヨロシク」みたいなことが度々発生。こちらがお迎えを代わってもらいたくてもそんな急に&軽く依頼できないし、どうせ断られると思っているので親にお願いしたり、という感じでした。)
本当に言い争いも含めたくさん話し合いをしていたのですが、時間の使い方の概念がそもそも違うので、全く噛み合っていなかったなと思います。

私:「働き方に制約を受けるのはなぜわたしだけ?夫は独身時代とさして変わらないスタイルで仕事できていてズルい!!(嫉妬)」
夫:「家族のために一生懸命仕事をして、それ以外の時間で家事も育児もできるだけやっているのに、文句言われてしんどいな〜」

↑ここで起きていること、それは「性別役割分担への認識のズレ」です。

夫:「男は仕事」なんだから、自分のやるべきことは仕事を優先してやることと思っている。なぜ妻が怒っているのかわからない。
私:「仕事をするのに性別は関係ないのでは?”男の仕事”ってわたしのキャリアを踏み台にしてまでやることなの?2人の子どもなんだから、フェアに2人ともBに移行しようよ」が何を言っても伝わらない..!

…という感じでしょうか。一生交わらない平行線ですね。

粘り強い交渉の結果、時間の使い方の概念をお互い次のように合わせたうえで、アンペイドワークを折半することにしました。

C 24時間365日 − 仕事(定時) − アンペイドワーク(週あたり一人3.5日ぶん) = フリータイム

アンペイドワークを折半することで、以前の分担に比べてわたしの持ち分はかなり軽くなりました。一方で、夫は負担が増えたことになります。どう思っているのか聞いたことがなかったので、今更ながら本人に聞いてみました。

「家事や育児に参画することによって子供達から得られているパワーがあるから、むしろ全然プラスが大きい」

…!!!パワー!!!
あまりにも教科書通りすぎる回答だったのでもうちょっと聞いてみると、

  • 初めは会社の人からどう思われるか不安だった
  • 定時で帰る代わりに朝早く行ったりとか、その分大変だったこともある(これはわたしも全く同じです)
  • 会社の人にお互い頑張っているところを見てもらえていたので、環境的に恵まれていたかもしれない(うちは社内結婚でした)
  • 家事や育児をすることで絶対いいことがあるから、みんなやったらいいのに.. と思う
  • 一方で、若い人に話を聞くと、育休を取ったり定時上がりすることに対して周囲の人に悪いなと思っている、そう思わせてしまう雰囲気がある
  • 雰囲気を作るのは我々の世代のやることなので、ワークライフバランスのセミナーを受けている

そうなんだ、、ものすごい言語化&行動できていて素晴らしいですね。彼はイクボスになりそうですよ..!!

いま、うちでは家庭内で発生するアンペイドワークを「お互いやるべき”自分ごと”」という認識を共有しています。
結果的に持ち時間が同じになるフリータイムには、がっつり仕事をやってもいいし、副業、勉強、セミナー受講、ジムや美術館や映画館に行く、動画を見る、本を読む、寝まくる、何もしないなどなど、それぞれ自由に使える時間を持つことができています。
ソフト(感情)面では、「なんで自分ばっかり..」と感じていた時期よりも、子どもたちと過ごす時間や、家事の中でも好きなことをしている時間が楽しく貴重なものになりました。

「Bで全く問題なし!」「パートナーはAの時間配分でよくやってくれてるからじゅうぶんだよ」とお互いに思えているなら全然それでOKなんです。
ただ、パートナー間で時間配分の概念ズレ、性別役割分担への認識ズレがあると、いくら物理的に家事分担・家事シェアをしようとしてもあまり納得のいく結果にはならないのではと、自分の経験を通じて思うのです。

推し(先生)の料理動画を見ながら料理中の夫。スキルの発展が目覚ましいです。わたしも料理は好き。実験に似ているので、特に理系の人やものづくり好きな人は好きなのではと思います..!

物理的な分担量はさておき、初期値は 50/50 にしませんか

さて、ここで自分の例を出して言いたかったことは、全ての家庭でアンペイドワークの分担を 50/50 にしなければならないということではありません。それぞれの家庭での納得感やベストバランスがあるはずで、そこに落ち着けばハッピーです。
ただ、性別という生まれ持ったどうにもならない属性を理由として、多くの家庭でアンペイドワーク分担の初期値に大きな偏りがあること、そしてそれをデフォルトとして受け止めている社会は、歪んでいるとわたしは思います。

わたし自身は、親が性別役割分担をしている家庭で育ちました。
両親はわたしと妹に「女の子だから..」という制限をかけたことは一度もなく、習い事や進路について「やりたい」と言ったことは全て肯定してくれました。幸運だったと思います。ジェンダー平等という観点で何かを伝えられたことはないし、母も父も特別その意識はなかったと思います。しかし、制限をかけずに育ててもらったおかげで、性別役割分担を強いてくる社会に放り込まれたときに「おかしい」と気付くことができ、現状打破のために夫や上司に交渉する力を持つことができたと思っています。
一方で、アンペイドワークについては特に意識することなく育ち、結婚した当初はなんとなく「自分がやるもの」と思っていて、数多くの選択ミスをしました。そして、そのままズルズルと社会構造へ飲み込まれてしまった時期がありました。選択ミスとは、「そんなに望んでいない」ことを「女性は/母親はこうするものだから」と変換して選んでしまったことです。今思えば、親に正当に期待をしてもらって素直に頑張ってきた自分と、性別に期待される役割イメージとのギャップで、摩擦を起こしていたんですね。

「期待値下げ」をなくすには、女の子へのエンパワーメントだけでは不十分です。
人生で起きる数々の選択をポジティブでフェアなものにするために「アンペイドワークを分けあう」意識がどうしても必要になってきます。
#2 でお伝えした通り、アンペイドワークをめぐる社会構造から抜け出すことは容易ではありません。家庭の問題や個人の問題として矮小化せず、社会全体で、問題に気づいた人から手を取り合い協力していく必要があります。
アンペイドワークのほとんどは、生まれ持った性差から離すことのできないものではありません。
それから、アンペイドワークも賃金労働も、どちらも人が生きるために必要なことと捉えれば、(心と身体に無理のない範囲という条件で)どんな人でもやるべきことで、誰にでもやる権利と義務があるはずです。

もちろん、さまざまな環境で「アンペイドワークを分け合う」ことが難しい場合もあるし、積極的な選択の結果として性別役割分担をしている家庭もあるでしょう。ですが、自分が性別役割分担の解消を実践できない/しないからといって何もできないということはなく、子供達に何を伝えていくのかが大事だと思います。
女の子には「必要以上にアンペイドワークを担う必要はないし、それを前提として将来を決めなくてよい」ということ、それから男の子には、「女性があなたの分のアンペイドワークをしてくれることは当然ではない」ということ、そして全ての子どもたちに「パートナーを見つけるなら、その人とフェアに協力し合える未来を描こう」と伝えていければいいなと思います。

『世界を変えた50人の女性科学者たち』
すごくエンパワーしてもらえると同時に、女性差別の歴史がよくわかり胸が痛くもなる本です。今では考えられないほどに女性の地位が低かった時代においても、周囲の人間が「期待値下げをしなかったこと」がいかに女性の可能性を広げたかがよくわかると思います。

ジェンダーギャップをなくすためにできること

ジェンダーギャップの解消に必要なこと。
マクロ・ミクロを問わず本当にいくらでもできることはあるし、どんなことにトライしてもいい。ジェンダーギャップを解消した国は世界にひとつもありません。誰もが試行錯誤の途中で、完全解がない問題だからこそ、どんなことにもトライする価値があります。

なかでも、一番シンプルで大切なこと、そしてわたしたちがボトムアップできること、それは「自分の半径5m以内のジェンダーギャップを解消すること」です。

ジェンダーギャップをなくすために誰もが今すぐにできること、それは「女の子への期待値下げをなくすこと」です。
それと同時に、「アンペイドワークの初期値をみんなで分け合う意識」が必要です。
アンペイドワークはみんなのもの。毎日を生きるために、誰もが必要とすることです。だからこそ、掃除当番とか給食当番みたいに、もっと普通にみんなで分け合えればいいなと思います。

アンペイドワークの初期値をみんなで分け合う意識があれば、性別役割分担の意識が薄れていくでしょう。
自分が性別役割分担をしているかしていないか、したいかしたくないかはこの際置いておきましょう。あなた個人がどんな人生を生きるかと、「女だから」「男だから」を前提に置いた社会構造を見直していこうという気持ちやアクションは別物です。

性別によらずアンペイドワークを自分のものとしたうえで、誰もが生きるために必要な力を身につけよう。もし誰かと生活を共にすることがあるなら、お互いのキャリアや人生を尊重し合い、フェアな関係を築こう。
みんなでそんな社会をつくることができれば、ジェンダーギャップを埋めていくことができるはずです。


#3のまとめ

  • ジェンダーギャップをなくすために誰もができることは、半径5m以内のジェンダーギャップを解消すること。
  • 社会の共通認識として、「女の子への期待値下げ」をなくしていきたい。
  • そのために「アンペイドワークをみんなで分けあう」意識が必要。
  • アンペイドワークも賃金労働も、どちらも人が生きるために必要なことで、どんな人でもやるべきこと。もっと普通にみんなで分け合えればいい。
  • 家庭で性別役割分担をしているかどうかと、子供達に何を伝えるかは別問題。
  • 女の子には「必要以上にアンペイドワークを担う必要はないし、それを前提として将来を決めなくてよい」、全ての子どもたちに「パートナーを見つけるなら、フェアに協力し合える未来を描こう」と伝えていけるといい。

ここまでお読みいただきありがとうございました!

最後に素敵な動画をシェアします。小さな女の子たちが、彼女たちを取り巻く社会構造 — 大人たちからの「期待のジェンダーギャップ」に対して問題提起をしてくれます。そして、可能性を信じて夢を描くために、全ての人の協力が必要だと伝えてくれます。わたしもその一員として、できることをやっていきたいと思っています!

Barbie — The Dream Gap Project

アンペイドワークを考…

こんにちは!篠原くるみです。
「アンペイドワーク(家事・育児などの無償労働)の分担」と「女性の経済・社会的エンパワーメント」の関係、そして、それらを取り巻く社会構造について考える、シリーズ全3回中の2回目です。
#1 では、収入格差に注目し、ジェンダーギャップの背景には「(家事や育児などの)アンペイドワークは女性がするもの」という前提が置かれていること、また、それに付随して「女性は賃金労働を(そこまで)しなくてよい」という「期待値下げ」があることをお伝えしました。そして、女性の経済的エンパワーへの期待値下げをするべきか?この認識を社会レベルで合わせていく必要があるという話をしました。
今回は、なぜ性別役割分担が受け継がれ続けているのか?性別役割分担を見直す必要があるのはなぜか?そして、なぜこの問題が誰にとっても無関係でないかについてお伝えしたいと思います。

性別役割分担のループ構造から抜け出すのは超ハードモード!

まず、なぜ女性が主にアンペイドワークを担うという構造ができているのか?を考えてみたいと思います。
社会制度的に女性と男性が同じ権利を持っていなかった時代(参政権などは終戦後の1946年に男女同権へ)を経て、職場における性差別を禁じる法律(男女雇用機会均等法、1985年)ができてからおよそ40年が経っています。
女性が高等教育を受けることが珍しくなくなり、セクハラ・パワハラが問題視され、産休・育休を経ても仕事を続ける女性が増えてきた現代においても、「男は仕事・女は家庭」が微妙に形を変えつつも受け継がれ続けているのはなぜでしょうか?
現在の社会ではこうなっているのではないかという観点でまとめてみます。

①:生物学的機能からスライド
出産をするのは女性です。どんなに体力のある人でも何週間かはこの命をかけるライフイベントにかかりきりになります。妊活に専念することを選ぶ人もいるでしょう。
これだけは生物学的な性によるもので、どうしても「性別役割分担」から引き剥がせない役割です。
この妊娠・出産という生物学的機能から、「その期間家にいた人がアンペイドワークをやり、その後も引き続きやる」という役割分担にスライドしがちです。

スライドした先では、次の②〜④のループが待っています。
次の②〜④は、全て「鶏が先か卵が先か」の問題(どちらが先かわからない因果性のジレンマ)であることに注目して見ていきたいと思います。

②:収入の少ない人がアンペイドワークを担うループ
退職・休職などでいったん仕事から離れると、大抵はキャリアを積み重ねてきた人と同等の条件で労働市場へ復帰することは難しくなります。世帯収入という観点で見ると、ある時点で収入の多い方がそのまま賃金労働に徹した方が合理的という判断をするケースも少なくないでしょう。
一方で、アンペイドワークを担うことが前提となっている人は、拘束時間や休みやすさ、不測の対応を避けるなど、融通を優先し報酬面やキャリアアップ面の条件を下げた仕事を選択することもありそうです。

→ 収入やキャリアの低い方がアンペイドワークをやるべき?アンペイドワークを抱えているから収入やキャリアを上げにくい?

③:アンペイドワークを担う人はそれ以外のことにチャレンジしづらいループ
アンペイドワークを多く担う人は物理的に時間がなくなるので、時間配分を崩す必要があることに踏み込みづらくなります。チャレンジができなければ、新しいことを始めにくくなるし、仕事では収入やポジションを上げることが難しくなっていきます。その結果、世帯単位で見たときに収入やキャリアの低い方がアンペイドワークを担うことになります(→②へ)。

→ アンペイドワークを抱えているからチャレンジできない?チャレンジできないから収入やポジションが上がらず、アンペイドワークを担うことが合理的になる?

④:普段アンペイドワークをやらない人がやったところでうまくできないループ
逆に、普段アンペイドワークをしない人が家事や育児をしようとしても、勝手がわからなかったり、いつもやっている人と同じようにはできないことが多いと思います。ここで、「やり方がダメ」「私がやった方が早い」などと「アンペイドワークマウント」を取られてしまったら.. 次もやろうとはなかなか思えないですね。

→ アンペイドワークをやらないからうまくできない?「マウント」を取られるのでやりづらくなって、やらない?

また、次のような影響もあるでしょう。
⑤:外部要因により与えられるイメージループ
子供たちは本当に素直なもので、絵本やテレビなど周りにあるものからのメッセージをそのまま受け取ります。特に、絵本はかなり昔から増版されているものが多く、「エプロンをつけたお母さん」「ネクタイを締めたお父さん」がアイコン的に描かれるものも多いです。誰もが知っている長寿アニメは性別役割分担が当たり前に描かれているものが多く、バラエティ番組などでは「男は/女は」というステレオタイプ自体がネタになっている企画も普通に見られます。
その一方で、最近では性別役割分担やジェンダー平等の描写に配慮したコンテンツも多くなってきてはいます(特に炎上の対象になりやすいCM)。
個別のコンテンツの是非は複雑になるのでここでは扱いませんが、見たものを素直に受け取る子供たちは、性別役割分担やジェンダーに対する固定観念を「そういうもの」だと思い、友達と共有し同調し温存します。そして、「そういうもの」と思って育った大人が、今度は制作側になり、価値観を再生産することになります。

→ 子供たちは大人の価値観を受け継ぎ、成長するとそれを発信する側になる。

このような複雑なループ構造が回り続けている社会においては、ある側面からは性別役割分担が合理的に見えることもあると思います。そして、性別役割分担を前提とする以上、ジェンダー間の経済格差・社会的格差を埋めることはかなり厳しいとお分かりいただけると思います。これは何重にも重なった複雑なループ構造で、個人のやる気や能力といったミクロな要素だけでは説明できない「社会構造」なのです。
ではこの構造、本当に合理的、あるいはあるべき姿だと思いますか?

①:生物学的機能からスライド でお伝えした通り、妊娠・出産という機能だけは、性別役割分担から切り離すことができません。
一方で、それ以外のアンペイドワーク、例えば、料理をする・掃除をする・子供を寝かしつける.. は生まれ持った生物学的な性差と結びついたものではありません。それにもかかわらず、このループ構造の中で、いつの間にか「女性がするもの」へと流れ着いています。その結果として「女性が経済力や社会的地位を得にくい」構造ができあがっていると考えることができます。

わたしは、すべての男性が女性にアンペイドワークを強引に押し付けているわけではないし、すべての女性がものすごく積極的にほとんどのアンペイドワークを買って出たいわけでもないと思っています。なのに、女性側に結びつけられるアンペイドワークがいつの間にか膨れ上がり、この役割分担が「当たり前」で「普通」で「デフォルト」になってしまっているのです。

さて、ここでこの社会構造についてまとめたのは、「性別役割分担はなくならない、ジェンダーの平等なんて無理なんだよ」と言いたいからではありません。
既存の社会構造に抗うことはなかなか難しいのですが、まずはその第一歩として敵を知ることが重要だからです。
「敵」とは、家事をやってくれないパートナーでも、わかってくれない上司でも、何もできない自分でもなく、こんな無理ゲーを強いてくる「社会構造」です。まずはこの構造を理解し、問題点を整理したうえで突破口を探り、本来の自分自身の価値観をもとに人生の選択を積み重ねていく必要があります。

なぜ性別役割分担意識を見直すべきなのか?

わたし個人としては、「男は仕事、女は家庭」という考えには反対です。少なくとも、何も考えずこのまま次世代に引き継いでいいものではないと思っています。
人生は物語ではないので、好きな人と結ばれてハッピーエンド♡ではないですね。むしろその後の期間の方が長いことが多いでしょう。パートナーの収入をあてにして生きていくことができなくなるかもしれません。
そのとき、すでにある財産は分割できますが、それまでの期間に積み上げてきたキャリアは分割できません。
ここに、性別役割分担のアンフェアさがあります。アンペイドワークに日々時間を費やすことは、この先の人生における稼得能力、その長期にわたる蓄積を手放してしまうことと同等であることに、どんな人も目を瞑ってはいけないと思います。
人生を持続可能なものにするためには、経済的な自立意識が必要です。では、あまり自立意識を持っていない女性が多いように見えるのはなぜなのか?それはまさに、期待値を下げられているからだとわたしは思います。

「配慮」という名の「排除」

ここで、③:アンペイドワークを担う人はそれ以外のことにチャレンジできないループ に戻ってみましょう。
アンペイドワークを担う人のことを第三者が見たとき、例えば、上司が子持ちの女性社員を評価するときに、「お子さんがまだ小さいから、チャレンジはできないよね/させるのはかわいそう」という視点になることがあります。このように評価者による「期待値下げ」が発生した結果、収入やポジションが上がらないという側面があると思います。(本人は、期待されていないなぁと感じてしまうと、モチベーションを維持することが難しくなってしまうでしょう。)
ある属性の持つ傾向をもとに一律に処遇することを「統計的差別」といいますが、その一例として挙げられるのが2018年に発覚した医大の女子受験生差別事件。「いま現在アンペイドワークを担っている」ではなくて、「将来的に担うかもしれない人」が、入り口の段階で排除された事例です。

ここまで組織的で悪質なケースはレアなんじゃないの?と感じる人もいるかもしれません。
では、「女の子だから」地元を出ないほうがいい。学歴はそこそこでいい。理数系の学部はやめといたら。バカなふりをした方が可愛がられる。稼がなくていい。養ってもらうことが幸せ。そんなに頑張らなくていい… こんな、女の子の可能性に蓋をするような言葉を聞いたことがありませんか?
その裏側には、いつか結婚するかも、子供を産むかも、夫を支える役割を担うかも、つまり、「アンペイドワークを抱えるという前提」があるのではないでしょうか。
「あなたのためを思って」行われる、「期待値下げ」。これは「配慮」ではなく「排除」です。

一方で、男性はどうでしょう?
何があっても一生働いて「妻子を養える大黒柱」にならないといけなくなりますね。もちろんこれでやる気になる人もいれば、プレッシャーに感じてしまう人もいると思います。それから、1日はどんな人にとっても24時間なので、アンペイドワークに関わりたくても必然的に時間がない、誰か(主に妻)にやってもらう、言葉を選ばずに言えば「アンペイドワークを誰かに押し付けてまでキャリアを積むこと」を期待されるのです。

一体誰が得しているのかすらよくわからなくなってきますが、結果として、「女の子への期待値下げ」と「男の子への過度な期待」によって、社会的・経済的成長を積極的に期待されてきた人たちと期待を下げられてきた人たちとの間における社会的・経済的格差、つまりジェンダーギャップができています。

「期待値下げ」は女の子に関わる人、つまりすべての人の問題

この問題、パートナー間の役割分担をどうするかの話し合いで完結するミクロな問題かというと、そうではありません。なぜなら、「期待値」の操作が行われた状態で育ってきたわたしたちは、その影響を受けた選択をしてしまうことがあるからです。
親や先生や上司、同僚、親戚や友達、メディア、SNS… 女の子と関わる全ての人が、無意識のうちに「期待値下げ」を行ってしまう可能性があります。
つまり、どんな人にとっても関係のない話ではなく、社会全体として考えていかなくてはならない問題です。

まずは、性別役割分担の合理性をゼロベースで見直していく必要があります。
精神論を抜きにして考えてみましょう。「女性にしかできないこと」「男性にしかできないこと」って実はほとんどないんですよね..
「向き/不向き」も、性別の傾向よりも個人の特性を考慮したほうが最適でハッピーであることが多いでしょう。
性別役割分担の範囲を必要最小限にすることで、「女性への期待値下げ」、そして、それと同時に「男性の社会的達成への過度な期待」をなくす。つまり、子供たちの可能性から性別によるバイアスをなくす。そうすることで、より個人としての適性が活かされる社会になり、結果としてジェンダーギャップは自然と埋まる方向に動くのではないでしょうか。


#2 のまとめ

  • 性別役割分担がいまだに受け継がれているのは、「女性が経済力を得にくい」社会構造ができているから。
  • 性別によって賃金労働と無償労働を切り分ける役割分担は、関係性を維持できなくなったときにキャリアを分割できない点で超アンフェア!
  • 「女性がアンペイドワークを担うこと前提の期待値下げ」は、配慮という名のもとに、女性を社会から排除している。
  • 「期待値下げ」は、パートナー間の役割分担の議論で完結するミクロな問題ではない。
  • 「期待値下げ」は、「アンペイドワークを将来的に担うかもしれない人=女の子」へも実際に向けられている。
  • 女の子と関わる全ての人が「期待値下げ」をしてしまう可能性がある。社会全体でなくしていこうという共通認識が必要。

次回は、性別役割分担の見直しについてお話ししたいと思います。
#3 「アンペイドワークはみんなのもの!女の子への期待値下げをなくすために、半径5m以内のジェンダーギャップを解消しよう」に続きます。

アンペイドワークを考…

こんにちは!篠原くるみです。
ジェンダーギャップレポート2021が3月に発表されました。SDGsへの取り組みや、ジェンダーにまつわる炎上事案が話題に上がることもあり、ジェンダーギャップへの問題意識はここ数年で本当に強まってきているなと日々感じています。

さて、みなさんは、ジェンダーギャップの背景には何があると思いますか?ジェンダー平等へのボトルネックとなっているものは何なのでしょうか?
今回は、わたしがジェンダーに問題意識を持ってから考え、試行錯誤しながらも実践してきた「アンペイドワーク(家事・育児などの無償労働)の分担」と「女性の経済・社会的エンパワーメント」の関係、そして、それらを取り巻く社会構造について改めてまとめてみたいと思います(全3回中の1回目)。

ジェンダーギャップを埋めるには?

ジェンダーギャップ指数2021年版、日本の順位は世界156カ国中120位。
昨年の121位(153カ国中)からほぼ変化なしという結果でした。

SDGsへの取り組みが注目され、ジェンダー平等意識の強い人たちが発信してくれることを通して、最近はだいぶ問題が可視化されるようになってきましたね。
ですが、結果に結びつくのには時間がかかることもあるでしょう。女性の閣僚が増えているようには見えないし、総理大臣になりそうな気配もない。企業で管理職のポジションに就いている女性はまだ少数派なのだろうなとも思うし、ジェンダーギャップ指数としては、肌感通りかなという結果だと思います。

ジェンダーギャップ=男女格差を埋めるためには何をしたらよいのでしょうか?
最も効果が出やすそうなこととして、壊滅的にスコアの低い、つまりのびしろの大きい次の4項目、いわゆる「意思決定層」といわれるポジションの男女格差を埋めていくことが考えられます。
(スコアは「男女格差」を示し、0に近いほど男女不平等、1が完全平等)

  • 管理職比率(0.173)
  • 国会議員比率(0.110)
  • 閣僚比率(0.111)
  • 過去50年間の首相在位期間(0.000)

例えば、東大ではこんなアクションがあったようです。

この春スタートした東京大学の新執行部で、理事の過半数が女性になったことが大きな反響を呼んでいる。

東大ブランドの危機、林香里新理事が語るステレオタイプの罠 | BUSINESS INSIDER https://www.businessinsider.jp/post-232954

男性の先生からも、理事が男性だらけという状況はよろしくないよねという雰囲気ができてきた背景もあり、トップダウン的に人事が行われたそうです。
日本を代表する教育機関として世界の視線を意識し、ダイバーシティの必要性を前提とした上で、まずは踏み切ってみたという事例なのではないでしょうか。

この例のように、政治参画や管理職比率に関しては、トップの判断やクォータ制の導入、アファーマティブアクションなど人事の仕組みを整えることによって、それなりに順位は上がっていくのでは?と思えます。特に、大きな組織ではSDGsに取り組む社会的意義も認識されてきているし、次々に「やってみよう」という流れができてくるかもしれませんね。

では、次にスコアの低い次の項目についてはどうでしょうか?

  • 同一労働における賃金(0.651)
  • 所得(0.563)

厚生労働省「賃金構造基本統計調査」によると、正社員に限っても賃金格差は男性100に対し女性は77(※2019年雇用形態別賃金 男性正社員・正職員351.5千円、女性正社員・正職員269.4千円より算出)。
このように、男性と女性の収入にはかなり開きがあるというのが現実です。コンビニバイトの時給も新入社員の初任給も、性別による違いはないはずなのに、なぜだと思いますか?

収入格差はどこからくるか

収入格差は一体どこから来ているのでしょうか?
それは、女性が高等教育を受けられないからでも、身体が弱くて体力がないからでもありません。
(高等教育のスコアは0.952、寿命のスコアは1.040で、ほぼ平等)

ここでは、「アンペイドワーク=無償労働」に目を向けてみたいと思います。
アンペイドワークとは、家事・育児・介護など、人間が生きるために絶対に必要なケアワークのこと。アウトソーシングサービスもありますが、家庭で完結する場合、賃金は発生しません。そして多くの場合、キャリアとしてカウントされないものです。
このアンペイドワーク、おそらく多くの人の中で(是非はさておき)男性よりも女性が担うことが多いという共通認識があると思います。

「夫は仕事、妻は家事や育児」のように、性別に基づいて賃金労働と無償労働を分業することを「性別役割分担(分業)」といいます。
家事育児時間の調査からは、女性が働いているかいないかに関わらず、アンペイドワークは圧倒的に女性に偏っていることがわかります。

また、意識の面においても、男性だけではなく女性でも、なんなら若い人たちでも、性別役割分担を肯定する人はそれほど少数派ではありません。

ここでもう一段階掘り下げてみましょう。

「女性がアンペイドワークの多くを担っている」という状態に必然的にセットになってくるものがあります。
それは、「女性は賃金労働を(それほど)しなくてよい」という価値観です。
共働きが増えていると言われていますが、共働き世帯のおよそ半数で妻の年収は150万円以下。妻が500万円以上稼いでいるケースは共働き世帯全体の10%強しかありません。

「するな」ではなくて「しなくてもよい」。もし、「女性は家事だけをして仕事をするな」だとしたら、とっくに人権問題になっているでしょう。しかし、「仕事をしてもいいけどしなくてもいい」だと、なんだか個人の志向や自由意志による選択に任されているように思えますね。
この曖昧な状態がここに潜む問題を見えにくくさせている一方で、ジェンダーギャップを顕在化させ、固定化させる要因になっているのではないかと思うのです。

家事や育児のほとんどを担って、やらなくていい人と同じように稼いでね!と言われたら、それはハードすぎますよね。
だから、女性は家事や育児の主担当になることを前提とした上で、仕事をするなら配偶者控除の範囲内とか、いっても男性の7割くらいでそこそこやってね、というのが「期待値を下げたうえでの落とし所」になっている.. というのが現状なのではないでしょうか。

「それほど働かなくてよい」… 女性への期待値下げは合理的か?

さて、ここまで「アンペイドワークは女性がするものという前提があり、その見返りとしてキャリアへの期待値を下げられている」ことがジェンダーギャップの一因となっているかもしれないと書きました。
ではこの状態、本当にあるべき姿なのでしょうか?

女性は話が長い、子供を何人産むべきだ、と言われたら、それは差別だと多くの人が感じると思います。
では、家事や育児を女性と結びつけることを「女性差別」だと思いますか?これは人によって意見が分かれそうです。
それどころか、「(アンペイドワークを抱えることを前提として)経済的自立への期待値を下げられること」を、むしろ「優遇・配慮」とポジティブな対応のように感じる人もいるのではないでしょうか?
「差別」か「優遇」かを決めることが目的ではなく、社会構造を紐解きながら、「女性に対する期待値下げをするべきか?」について考えていきたいと思います。もちろん個人レベルでは生き方は自由で、結果的にどんな選択をしてどんな人生を生きるかは性別によらず人それぞれ。そのうえで、ジェンダーギャップをなくしていくためには、社会レベルでこの認識合わせをしていく必要があると思うのです。


#1 のまとめ

  • ジェンダーギャップ指数2021、日本のランクは世界156カ国中120位で昨年からほぼ変化なし。
  • 男女格差の極めて大きい政治参画と管理職比率については、組織の動きや制度の整備などでトップダウン的に上がっていく可能性があるかも?
  • 次に格差の大きい収入格差の背景には、家事や育児などの「アンペイドワーク」を女性が担うものだという「性別役割分担」の前提がある。
  • 性別役割分担を現状と照らし合わせると、「アンペイドワークは基本的に女性がするもの」→「そのかわり女性は賃金労働を(それほど)しなくてよい」つまり「期待値を下げられている」と解釈でき、これがジェンダーギャップの一因になっていると考えられる。
  • 女性の経済的エンパワーに対する期待値下げをするべきか?社会レベルでこの認識を合わせていく必要があるのではないか。

#2 『性別役割分担から抜け出すのは超ハードモード!それでも「女性への期待値下げ」がどんな人にも無関係ではない理由』に続きます。

北区都議補選ポスター…

こんにちは!篠原くるみです。
2/20(土)に、北区議会議員のうすい愛子さん(立憲民主党)・せいの恵子さん(日本共産党)とジェンダーイコールの共催で「北区都議補選ポスターから考えるジェンダー学習会Part2」を開催しました。
講師は、弁護士で「これからの男の子たちへ」の著者である太田啓子先生。
オンラインでの開催になりましたが、約30名の方に参加していただきました。

※この学習会は、北区内外で注目を集めた “アベノマスクブラポスター” について、「表現の自由だから OK」「女性が性的に見られる表現は NG」で片付けるのではなく、背景や問題点を整理して、ジェンダーに問題意識を持つ人が自らの「言葉」の獲得に繋げられるよう参加者の皆さんと考えていくイベントです。

男の子を育てる親として/弁護士としての問題意識

太田先生は、小学生の息子さん2人を育てられています。
子育てをするうえで感じる問題意識を次のようにまとめられていました。本当に全部あるあるですが、よくよく考えるとまずい.. それも、全部自分が子供のときからずっとあったことです。

  • 「男子ってバカだよね」問題
    女の子なら「やめなさい」と言われる問題行動を、「男子はバカだから仕方ない」で片付けられてしまうことが多いのでは。
  • 「カンチョー放置」問題
    身体への攻撃はれっきとした暴力・性暴力であるのに、問題が矮小化されている。最近はなくなってきているが、スカートめくりも同様。
  • 「男子は好きな女子に意地悪しちゃうもの」問題
    行為の有害性を「好意」でスルーしてしまう。好きイコール意地悪するって、原因と結果が繋がっていないし全然理由になってないですよね..

それから、弁護士として離婚問題を扱ううえで、やはり経済力を持ちにくい女性の立場が弱いことが多く、マクロの構造がミクロにスライドし性差別が凝縮していると感じるそうです。また、生まれながらに差別をしている人はいないけれども、根拠のない性差別的価値観を内面化している男性が多く、「40年前からやり直して..!」と感じることが本当によくあるということでした。
男の子の親として、ご自身が男性の人生や価値観を預かる立場になり、「差別構造へのぶつかり方が男女で違う」と感じ、性差別を無くすためには子ども時代からの教育が必須では?と考えるようになったそうです。

大ヒットとなっている太田先生の著書「これからの男の子たちへ」。男の子のいない親であるわたしでもとても納得することや勉強になることがたくさん書かれていて、どんな人が読んでも気づきがある本だと思います。
著書の中で先生がこれからの男の子たちへ伝えたいことは、次の通りです。

  • 男らしさの呪いから自由に生きてほしい
  • 男性の持っているマジョリティの特権を理解した上で、性差別に抗ってほしい

「有害な男らしさ」とは?

(前略)1980年代にアメリカの心理学者が提唱した言葉です(英語では Toxic Masculiniity)。社会の中で「男らしさ」として当然視、賞賛され、男性が無自覚のうちにそうなるように仕向けられる特性の中に、暴力や性差別的な言動につながったり、自分自身を大切にできなくさせたりする有害(toxic)な性質が埋め込まれている、という指摘を表現しています。

「これからの男の子たちへ」より抜粋

少年漫画でもわりとそんな感じのキャラが多い気がするし(アイコンとして描写しやすいのでしょうが)、無鉄砲賞賛みたいな感じですかね..
もちろん問題を乗り越えていく強さは必要ですがそれは性別によらないはずだし、他者に対して支配的・暴力的になったり、女性を必要以上に弱者扱いしたり、「男らしさ」のレールに乗らないキャラの男の子が生きづらくなるといった弊害が大きそうです。

「女の子には優しくしなさい!」も子供と関わっているとよく聞くワードです。なんだかジェントルマン教育みたいに聞こえますが、これもだいぶ怪しい教えだなぁと常々思っていて。
じゃあ男の子には優しくしなくていいの?だし、もっと裏を読めば、「女の子」の枠に嵌らない女性=自分の期待する女性像に当てはまらない女性(=「わきまえない女」!)には暴力的になったとしても相手が悪いのだから仕方がないという思想に繋がるのではないかという危険性を感じます。
そもそも「人には優しくしなさい」だし、もっと言うと「植物とか動物とか地球とかの万物を含めた他者に優しくしなさい」なんですよね。

このトピックに関して、素敵な動画を紹介してくださいました..!

男の限界 海外CM日本語字幕 P&G Gillette

都議補選ポスターの問題点

まず現状、法的に当該ポスターを禁止することはできません。

  • 公職選挙法上は問題なし
  • 猥褻にも当たらず、取り締まれない

その上で、何が問題であるか。
違法じゃなかったら何をやってもいいのか?というとそんなことはなくて、

  • 公共空間におけるゾーニングの問題
    第一回目の講師を務めてくださった西山先生は「立候補者本人の意思は関係なく、見ざるを得ない市民への強制ポルノ(イメージ)視聴、強制的ポルノ共有の問題と思います。」とコメントしてくださいました。また、嫌煙権と同じように嫌ポルノ権も必要なのでは、というご意見もありました。
  • 女性性全体に対する侮蔑を助長する可能性
    女性蔑視的な表現は、このポスターだけでなく社会に溢れています。コンビニに置いてあった雑誌はオリンピックのおかげで無くなり、SNS炎上によって性差別的な広告は格段に減ってきつつありますが、新聞や電車の中吊り広告ではまだまだ女性蔑視的な表現がされています。

ではわたしたちは何ができるのか?それは、「社会通念を作っていくこと」であると先生は話してくださいました。性差別的な表現を面白がる人たちがいなくなれば、作る人もいなくなるということです。

1975年、某食品メーカーがインスタント食品のCMで「私作る人、僕食べる人」という表現をし、「行動する女たちの会」が抗議をし、放送が中止になりました。また、最近では、週刊誌の大学ランキングで女性差別的な表現があり、当該の大学に通う女子大学生が出版社へ直接抗議をするといったことがありました。
ハラスメントや性暴力を「面白がる」風潮は「認知を歪め」ます。社会全体として自分が当事者であるという意識を持ち、差別をなくしていく行動をすることが大切です。

差別や性暴力に対して第三者ができることとは?

明らかに目の前で犯罪が起こりそうならこっそり助けを呼ぶ、とかはできるかもしれないですよね。
じゃあ、日常に転がっている仲間内での「性差別的価値観」への同調圧力に対してどう対応できるのか?
すぐに「違うよ」とは言えなくても、同調圧力に対して「笑わない」など、「問い」を自らの中に持っていることが第一歩だと先生は仰います。

太田先生の紹介してくださった動画を共有します。男性向けとして作られている動画ですが、それ以外の目線で見ることもできると思います。
うーん、行動するって難しいですよね!だけど、こんな時自分だったら何ができるか?と一人一人がイメトレすることで、少しずつでも社会は変えていけるのではないかと思います。

あなたは誰を助けますか? 海外CM日本語字幕 Who will you help?
#ActiveBystander =行動する傍観者

男の子は確かにかわいい!だけど。

学生時代、男子がいわゆる男子ノリでふざけてるのを見てて微笑ましいと思っていた記憶もありますし(中学の時クラスの男子が人が3人くらい入る落とし穴を掘っていたとか..)、その空気感をコンテンツ化しているYouTuberなんかは確かに面白いと思います。

うちには男の子がいないし、自分にも男兄弟がいないので、あまり身近に「男子」を感じたことがないのですが、子供のお友達を見ていても男の子はいつまでも無邪気で本当に可愛いな〜と思います。
ですが、ジェンダーギャップのことを考えるようになってからは、「ふざけて」「おバカをやることが許されている」男の子の方が、我が子(女の子)よりも社会的な期待値がはるかに高いんだよな、、と考えてしまい正直モヤモヤしてしまう側面もありました。
なので、太田先生が「男の子はおバカで可愛い」をジェンダー差別・格差と結びつけ、しっかり言語化して問題点を整理し発信をしてくださっていることがすごく頼もしいと思いました。

「性別なんて関係なくて、誰でもやりたいことを実現できるんだよ」と子供達へ伝えることも大事ですが、それだけでは不十分で。
今はジェンダーによってこんな問題や社会的抑圧があるから、それぞれに応じた乗り越え方をしていかなくてはいけないと伝えることも本当に重要だなと改めて感じました。

性的同意って何?刑事…

こんにちは!篠原くるみです。
1/31(日)に、北区議会議員のうすい愛子さん(立憲民主党)・せいの恵子さん(日本共産党)とジェンダーイコールの共催で「性的同意って何?刑事司法を考えるジェンダー学習会」を開催しました。
講師は千葉大学大学院教授(刑事法)の後藤弘子先生。
オンラインでの開催になりましたが、約20名の方に参加していただきました。

問題点

  • 性交同意年齢が低すぎる
    日本における性交同意年齢は13歳で、他の先進国と比較して低年齢。そもそも、その前に必要なはずの性教育が十分に行き渡っていない。
  • 性被害/性加害のジェンダー不均衡
    例えば男女間の性暴力で女性が被害者だった場合、女性は被害を受けたにもかかわらず責められることがある。男性の場合は”武勇伝”になることも… 発生する行為に対して、ジェンダー規範の不均衡がある。
    また一方で、生物学的な性差間においても不均衡がある。日本では Abortion pill は認められていないため、これを使って堕胎した女性は自己堕胎罪で犯罪者になる。もし手続きの上で中絶をしたとしても、性被害を受けた上に堕胎という罪悪感を何重にも植え付けられることになってしまう。
  • 性犯罪に対する構成要件のハードルの高さ
    日本では、「暴行」「抗拒不能」などの要件を証明しない限り、加害者は罪に問われない。

同意のない性行為は性暴力。では、同意とは?

内閣府の #性暴力をなくそう #パープルリボン の啓発動画です。
http://wwwc.cao.go.jp/lib_008/no_violence_act/about_r02_01.html

一方で、こちらは後藤先生が出演されたAbemaTVのコンテンツ。
https://times.abema.tv/news-article/8632968

日本学術会議が提言した「同意がない性行為は犯罪とすべき」について議論しているのですが..
後藤先生と他の出演者の方々(性差別をしているわけではないが、特にジェンダーに問題意識を持っていないと思われる人たち)との間で、「同意」の線引きに大きな認識差があるようです。

では、この認識差がなぜ生まれるのか?先生は次のように考えたそうです。

  1. その場を支配する権力
    「嫌だったらノーと言えるでしょ」「思わせぶりなことをしたんじゃないの」「自分だったら逃げられる」
    これは、その場を支配する権力を持っている人の考え方だと捉えることができます。
    子供と大人、配偶者間、上司と部下、学校や指導の場。多くの場合、人間関係には何かしらの上下関係があります。
    これにはジェンダーギャップも関係していて、女性は社会的・経済的地位の低い立場になりやすい。さらに、「男を立てる」「女性は従順であるべき」のようなジェンダーバイアスを、男性も女性も内面化していることが多々あります。(一方で、女性の権力者ほど自分の権力に鈍感になりやすいという話もありました。)
    性犯罪で無罪になるケースはほとんどが不思議。しかし、裁判官=権力を持っている人たちにとっては、ノーと言えない・抵抗できない心理状態が想像できません。その結果、無罪判決が下されていると先生はおっしゃっていました。
  2. 相手を尊重するコミュニケーション=意思確認の大切さ
    日本語は「ハイコンテクスト」な文化だから、性行為に対して明確に意思確認を取るようなことは難しいのでは?という意見がありました。「空気読む」「雰囲気壊さない」「行間読む」みたいな感じですね。
    この「日本の文化」で片付けられてしまうのって、ジェンダーの議論においては典型的なんですよね.. 各国の文化はそれぞれですが、人権は共通のはずです。
    言語のコミュニケーションでも全然意図と異なる捉え方をされてしまうことだってあるのに、非言語のコミュニケーションは尚更伝わりにくいということは容易に想像がつきます。相手は自分ではないのだから、1つ1つ丁寧に確認をしていくことが大切です。

この「同意」が、性犯罪に対する構成要件と関わってきます。
日本では、「暴行または脅迫があった」もしくは「(意識がないなど)抵抗できない状況にあった」ということが認められなければ、性暴力は犯罪になりません。また、訴えを起こすには「いつ・どうやって」を明確に証言しなければなりません。

日本学術会議では、国際人権基準を反映し、「同意の有無」を中核とした刑法改正をするべきと提言しています。

  • No means No 型:「No」の意思表示があれば犯罪に。国連、イスタンブール条約→イギリス・ドイツ・カナダ等。
  • Yes means Yes 型:「Yes」のみが同意。スウェーデン。行為を始める人に確認の義務を負わせ、確認を怠れば処罰される。これが最も「同意のない性行為は性暴力=犯罪」としやすい。

「男性化」された刑事司法

そもそも、現在の日本における刑事司法自体が「女性の生」が反映されていないということでした。

どういうことかというと、刑事司法の目的は「侵害された秩序の回復」のはずだけれども、これは1907年(!)時点での秩序がベースになっています。当時は、ジェンダーギャップ以前に女性は男性と同じ社会的権利を持っていなかった。つまり、ここで想定されている「社会における秩序」=「男性にとってあるべき秩序」なのです。
刑事司法は、被害にあった人を救済することが目的であると思いがちですが、権力者の既得権益を守ることに有利に働くように作られている側面があることを知っておくべきだと思いました。

現代においても犯罪者の多くは男性で、司法に関わる人も多くは男性です。
「少年院」とかもその名残ですよね。犯罪を犯した女の子の場合は「女子少年」と言われるそうですよ.. 

罰則強化のトレードオフ

さて、過去に作られた決まりがベースになっているというのはどの国でも同じですが、法改正はそれぞれの国で行われています。
日本では、2017年の刑法性犯罪改正でやっと世界各国の1970-80年代に追いついたとのことでした..

性犯罪の懲役刑は5年以上20年以下になりましたが、基本的なところは1907年から変わっていないそう。
では、抑止力が働くくらいに厳罰化すればいいのでは?と思ってしまいますが、重くすればいいというものではないのだそうです。なぜかというと、厳罰化するほど有罪になるハードルが上がってしまう。
ちなみに、日本での最高刑は死刑ですが、スウェーデンにおける最高刑は懲役21年。絶対的な重さではなく、「法的安定性」といって、他の犯罪も含めた全体のバランスを考えないといけないということでした。

性教育って何をしたらいいの?

「紅茶と同意 Consent – it’s simple as tea」めちゃくちゃわかりやすい..!

子供たちを性犯罪の被害者にも加害者にもさせないことが大切で、それはわたしたち大人の責務です。
では、性教育といえばみなさんどんなことを思い浮かべるでしょうか??

今回後藤先生は、性教育といえばおしべとめしべの話から入りがちだけれども、実は初めから論理を伝える必要はそんなに無くて、まずは自分の意思を相手に認めてもらう・自分の言うことが尊重されるということが性教育の基礎だとおっしゃっていて、なるほどなぁと納得しました。
例えば、今日の挨拶を「言葉だけ」「握手したい」「ハグしたい」.. などと選択肢をあげて、大人はその通りに対応する。自分自身の意思表示にはちゃんと効力があることを、他者が認めることによって理解してもらうということですね。
それと、紅茶の動画にもありますが、「気が変わった」「昨日は/先週は/一年前はOKだったけど、いまはダメ」も尊重されるべきで、これも子供達にぜひ理解してほしいなと思いました。

最後に

わたしは中学の途中まで満員電車に乗って通学していた時期があり、何度か痴漢に遭遇したことがありました。
でも、親や先生には言わなかったし、友達と「今日チカンいて」「まじ?キモいね」くらいで終わらせていました。自分も周りの子もその状況があまりに日常化してしまっていて、被害を被害と認識していなかったんですね..
だけど、わたし達が問題を矮小化してきた結果、いつまでも痴漢はいるし、子供達が被害に遭うわけです。
我が子には「痴漢に遭ったら絶対に言って。そいつのこと社会的に終わらすから」と伝えていますが、言ってくれるかな..
もちろん被害に遭わないことが一番ですが、何かあった時に自分にも落ち度があったかもなんて絶対に思ってほしくない。いつでも味方になる人がいるよと伝えていきたいです。

刑事司法難しそう、、ついていけるかな、と思っていましたが、後藤先生がわかりやすく説明してくださり、現在の刑事司法の問題点を知り、自分にできることを考えることができました。
誰もが被害者にも加害者にもならないことが一番です。だけど、当事者にならない限りは他人事としていてはダメで、今ある問題にきちんと目を向けていきたいと思いました。

2/11、3/7 Twitterデモ #同意のない性交を性犯罪に​

「【緊急署名】不同意性交等罪をつくってください!」署名https://www.change.org/p/%E7%B7%8A%E6%80%A5%E7%BD%B2%E5%90%8D-%E4%B8%8D%E5%90%8C%E6%84%8F%E6%80%A7%E4%BA%A4%E7%AD%89%E7%BD%AA%E3%82%92%E3%81%A4%E3%81%8F%E3%81%A3%E3%81%A6%E3%81%8F%E3%81%A0%E3%81%95%E3%81%84

映画「性別が、ない!…

篠原くるみ
こんにちは!ジェンダーイコール 篠原です。
ドキュメンタリー映画 「性別が、ない! インターセックス漫画家のクィアな日々」 。
こちらの映画、公開に向けてクラウドファンディングで資金調達をされていました(すでに募集は終了しています / プロジェクトページはコチラ)。
ジェンダーイコールと同じ東京都北区で活動されている Rainbow Tokyo 北区 代表の時枝氏に教えていただき、わずかながら支援させていただきました。そして、4月30日 UPLINK渋谷にてクラウドファンディング支援のリターンとして先行公開の鑑賞をしてまいりました!

セクシュアリティを「表現する」ということ

映画のテーマとマッチしてるかわかりませんが。一言、すごく「爽快」な映画でした。

自らのセクシュアリティを語る登場人物の方々。
「ヒゲがあっておっぱいがある自分の姿がすごくしっくりきた」って語る姿、めちゃくちゃカッコよいのです!

僭越ながら、わたしも「母親役割」「性別役割」から抜け出せていなかったときがすごくしんどかったなぁと思い出してしまいました。。
悩みの種類はぜんぜん違うと思います。ただ、「本当の自分」がわからないとき、周囲に理解してもらえないとき、自分に胸を張れないときが辛いという点では、いわゆるセクシュアルマイノリティと言われる人もそうでない人も、みんなおんなじだろうと思うのです。

そして、主人公であるマンガ家の新井さん。コミックエッセイでご自身や周囲の方々についてリアルな表現をしている方です。
性に悩む人たちからたくさんの支持を得ている一方で、セクシュアルマイノリティの実情を公にすることに対し反発を示す人もいるとのこと。
そんな声に対しての新井さんの一言に、わたしはとても勇気付けられました。
声を上げることで見える世界がある。本当にその通りだと思います。

子供(小2)の反応

今回、子供と一緒に鑑賞させていただきました。
親的な目線としては、視野を広げてほしいとか、そういう想いもあり。そして単純にどんな反応するんだろう?という興味もあり(笑)
とはいえ、結構きわどい表現とか出てきそうだし、大丈夫かな〜?と内心少しドキドキしていましたが、本当に子供にも見せてよかったと思っています。

子供なので感想は単純ですが、
「〇〇さんは、お仕事で一緒の人。学校の先生。」
「〇〇くんは、小学校のとき男の子が好きだと思ったんだよ。」
「あの人は、まえは男の人だった。」
「あの二人は、家族とかきょうだいじゃないけど、一緒に住んでる。」
などなど、ちゃんと見たままの事実をなぞっている!しっかり見ていたようでエラかったです。

その一方で、映画の終盤、
「ママは、性別あるよね???」と心配そうに確認してきました。。
そっか、そこかぁ。なんだか少し不安になったみたいでした。

子供の反応は正直です。彼女のこれまでの8年間、家族も友達も先生も、「女」と「男」しか見えてこなかったのだから。

それでも、大事だと思うのは、事実を見せること。
世の中にはこんな人がいて、こんな顔をしていて、こんなふうにしゃべって、こんなお仕事をしていて、こういうふうに生きている人。
画面の向こうだとしても、ドラマとドキュメンタリーの違い、創作とリアルの違いくらいは子供にもわかります。
実在する人間が動く姿を見せること、見せ続けることが大事だと思うのです。

これからの社会に絶対必要だと感じたこと

わたしがこの映画を見て、即刻いまの社会に取り入れるべきだと強く感じたことが二点あります。

ひとつめは、性別欄の廃止もしくは改定です。
「男・女」ってマルつけるあれ、いる?
ほとんどのケースで必要ないですよね。そもそも大抵「男」が先に書かれてることに毎回イラッとするし、なくてよくないですか?
…とわたしですら思うくらいなので、どちらにもマルを付けたくない、しっくりこない方はきっともっと毎回嫌な思いをされていると思います。

それからふたつめ。
学校の先生や保育士さんに、セクシュアルマイノリティといわれる方々が増えるといいなと思いました!
出張授業とかでもいいです。もっともっと子供たちの身近な存在になってほしいなと思います。

この映画に出てくるような、単なる「男」とか「女」に分類されない人たちを「なんだかよく分からない人」としてしまう原因。
その大半は、多くの人がセクシュアルマイノリティ当事者との接触機会を逃してきたことだと、子供の反応を見て感じました。

自分ではない人間と関わり合うとき、「人と人」としてリスペクトしあえる付き合いができれば、相手の「性」が何かというのは取るに足らないことなんじゃないでしょうか。
映画「性別が、ない! インターセックス漫画家のクィアな日々」。ドキュメンタリー映像のパワーを感じました。
魂を込めてこの映画を製作された渡辺監督の想いが、是非たくさんの人に伝わってほしいなと思います。

映画の公式サイトはコチラ。2018年7月28日よりUPLINK渋谷にて公開されます!

秘密の質問

くるみ
こんにちは!ジェンダーイコールの篠原くるみです!
家では色々とできないので、特に最近はほぼ毎日と言っていいほどカフェに行きます。
今朝、某カフェで新しいポイントサービスが始まったと案内され、会員登録をやってました。
そこで出てきた「パスワードを忘れた時の秘密の質問」。

(さらに…)

小1の壁について思う…

くるみ
こんにちは!ジェンダーイコールの篠原くるみです!
私事ですが、今年度子供が小学生になりました。メディアによって囁かれていた小1の壁、、わたしもとっても怯えていました。
怯えていました。いましたが、、
うちには小1の壁はありませんでした!
わぁ〜い!
というわけで、みなさんの参考になるかはわかりませんが、せっかくなので理由を考察してみようと思います。

(さらに…)

職業と所得のジェンダ…

くるみ
こんにちは!ジェンダーイコールの篠原くるみです。
今回は、職業とそれにより得られる所得のジェンダーギャップについて最近気になった記事や本をご紹介します。男性と女性の賃金格差はどこから来るのか?どうしたら解消できるのか?女の子が大人になる過程で取る、「選択」に注目して考えてみます。

(さらに…)

諸外国における女性の…

くるみ
こんにちは!ジェンダーイコールの篠原くるみです。
前回、田渕さんが、ジェンダーギャップの小さいイメージの強い北欧における高福祉的社会構造と宗教の関係性について歴史的観点から執筆してくれました。今回は、わたくし篠原が数々のジェンダー関連本を読みあさるなか、欧米諸国ではなぜ日本に比べて女性の社会進出が進んでいるか、もっとも腑落ちした仮説をご紹介します。

(さらに…)